5.いにしえの鎧

 1841時。ハリアーをデリートされた一行は、敵を殲滅すると、さらに先へと進んでいった。途中、何匹かのクリーチャーが出たが、一人の犠牲者も出さずに進むことができた。
「いくわよ・・・・それ!」
ツドゥンッ!
 船底にたどり着いた一行は、さらに下を目指すためC4で床を破壊した。爆弾で空いた穴には、底の知れない暗い空間が広がっている。
「どうやって降りる?」
 暗闇を見つめながら、OZが独白した。
 穴の縁から落ちていった床の破片は、闇に消えてから数秒立って、ようやく乾いた音をたてた。それだけ巨大な空間が広がっているということだろう。
 クリスは懐から一枚のカードを取り出した。
「・・・それは?」
 クリスの動作に気がついたOZがたずねた。
「例によってシアちゃんの作成魔法よ。説明書によると、多人数を一度に浮かべるための魔法で、コントロールが簡単になるように、左右上下にしか移動出来ないようになってるわ」
「・・・シアちゃん?」
「クラリシア・クロス。愛称シアちゃん。可愛いでしょ?」
「・・・・なんとも言えないな」
 OZはぶっきらぼうにそれだけ言うと、そっぽを向いた。
「さーてと、ローズちゃん。解凍お願いね☆」
「へ?私?なんで?」
「だって魔法はなるべく使いたくないんだもん・・・お願い☆形式は書庫解凍で、名前はえーと、エアポッドだって」
 不承不承、ローズはカードを受け取った。
「なんだって私が・・・書庫解凍・・・エアポッド・実行」
 魔法が発動すると、周りの景色が揺らぎ、6人は見えざる力場に支えられてゆっくりと闇の中を降りていった。
「エミ、暗いのきらいー」
「・・・なにかあるな・・・」
 しばらく黙っていたラインの呟きどおり、クリスの目にぼんやりとではあるが、なにかが見えてきた。
「なんだろ?」
 地面に降り立った6人が、まず初めに見たものは一個の古い装甲車だった。
 ところどころ汚れが目立ち埃がかぶっている所から見ても、かなり長い間放置されていたのだろう。
 八輪のそれは、無骨なシルエットを闇の中に浮かべていた。
「とりあえず、調べてみよー☆それいけガーズ!」
 相変わらず軽くクリスが指さす。
「まったくよー・・・労働者は辛いねー・・・よっと」
 重い音を響かせて、装甲車の上部ハッチが開け放たれた。
「・・・大丈夫みたいだぜ?」
「よっし☆んじゃ、次はわたしが行くわね」
 装甲車の中は、外見ほどは汚れていなかった。ただ、忘れられた過去の空気が狭い室内を漂い、パイロットランプのついていない車内は、まるで棺桶のようだ。
 クリスは内部に入るとコクピットをのぞいた。
「らっきー☆」
 幸いにもキーが差されたまま残されている。
 クリスは一度外に出ると、時計を見ながら言った。
「ちょっと手間が掛かったわねー・・・ここから目的地までは直線距離でも一時間あるわ。さっきみたいな化け物が、もう居ないとは言えないし・・・ここは、このポンコツを使って時間の短縮をするべきね」
「兵器類は使えるのか?隊長さん」
 斧で肩を叩きながら、ガーズが訊ねた。
「さーね?まぁ、なんかあるでしょ。きっと」
「おいおい」
「脳なしが」
「適当ねー」
「・・・・こんなものか、な」
 ガーズ、ライン、ローズ、OZがそれぞれの感想を洩らす。
「なによー、文句あるのー?」
 ぶつくさというクリス。不平を洩らす4人だったが、次のエミの一言で方針は決まった。
「エミ、もー歩くのやだー」
 6人は車に乗り込んだ。

 ごごごごごごご・・・・・・
 重い音を船内に響かせながら、ポンコツ装甲車が走る。
「やっほー!それいけー!」
 ハッチからはエミが顔をのぞかせて叫んでいる。エミの顔の側には、H&Hエクスプレスというイギリスの銃が固定されていた。例によって、クリスが大量に持ってきた武器の一つである。
 装甲車のエネルギー残量は、まだかなり残っていた。よくよく探してみると、あの広い空間の隅にはエネルギータンクが何個か残っており、それをすべて集めると、なんとか満タンに近いエネルギーを確保できたのだ。
 装甲車自体の内蔵武器は、ほとんどが作動不能になっていたが、前面の重機関銃だけが使用可能になっていた。コクピットにはクリスが座り、右をガーズとOZ。左にラインとローズが、それぞれ楽な姿勢で座っていた。銃の照準自体はOZが握っている。
「前方の壁を撃てー!」
「了解」
ズダダダダダダッ!
 右に装備された重機関銃が火を吹き、壁を跡形もなく吹き飛ばす。
「きゃっほー☆」
 一行は快調に進んでいた。
 すでに時間は1900時を過ぎ、タイムリミットまではあと二時間ほどしか残っていない。途中休憩を入れることを考えると、残り時間はあと一時間三十分ほどだろう。しかも行く手には正体不明の強力なクリーチャーが居る。
「誰か、運転かわってー」
 三十分ほどなにも起こらず進むことが出来た。
 一時停止するとコクピットシートからクリスが悲鳴を上げる。
「分かった、俺がかわってやるよ」
「せんきゅー、OZ」
 装甲車の軽い振動に身をゆだねつつ、クリスはクラリシアの遺した水晶玉からデーターを広いあげていた。
 膨大な情報はよく整理されており、あまりコンピューターが得意でないクリスにも目的のものを簡単に見つけることができる。
(えっと・・・あった、んー・・・あ、これはジャンベリンブレッドっていうのか・・・あ、これは使えそうだなー・・・ふむふむ・・・)
 クリスは武器や魔法の説明書を見ていたのだ。
 どれもこれも強力な魔法や武器だったが、たまに趣味で作ったとしか思えないほど、訳の分からないものがある。
 たとえば対象の衣服の露出度を高くする魔法や、一瞬で化粧を施す魔法。中にはA-10や『覚醒』などといったホントにヤバイものもあったし、ホムンクルスの種といった、訳の分からないものもある。だが、その発想力は常人にはとても追いつけないほど高いものだった。
がぐんっ!
「な!なに!?」
 取り説に夢中になっていたクリスを、衝撃が突如襲った。
 天井付近につけられたモニターの画面が切り替わり、そこにクリーチャーの群を映し出した。
 赤いの白いの黒いの・・・尾を青白く光らせたやつや、体中をぬめぬめとテカらせたやつ・・・。レパートリーのかなり豊富なクリーチャーの群だ。
「後ろだ!」
 OZの叫びを待たずして、ガーズが飛び出す。
「エクスプレスで掃討してやるよ!あのカスどもが!」
 ハッチから頭を出して銃を乱射するガーズ。
 モニターには、次々と体液を迸らせて倒れていくクリーチャーの姿が映し出される。
「エミこわいよ〜・・・」
「ちっ!前にもきやがった!クリス!」
「はいはい!任せて☆」
 右銃座についたクリスが、スコープをのぞくと、クリーチャーの顔がアップで映し出された。どうやら正面から装甲に張り付いているようだ。
ががががががががっ!
「ぎゃーー!」
 装甲車は追いすがるクリーチャーを銃火でなぎ倒し、迫り来るやつらを踏みつぶし、闇に沈む通路を疾走する。
「どうした!ガーズ、手を休めてるんじゃないだろうな!」
 モニターをちらりと見たOZは、さっきより増えているクリーチャーの群を見つけて悲鳴を挙げた。
「・・・・ちっ・・・あ・・・だ、このくそ野郎が、死・・・・ぎゃーーー!」
 ドサ
 とぎれとぎれに聞こえてくるガーズの声が、悲鳴に変わると、消えた。
 ハッチの下に、顔に大穴を開けたガーズの身体が降ってくる。
 分からないはずの、生臭い血の臭いが、漂ってくるような錯覚。
「エミもう、いやーーー!!」
 エミは悲鳴を挙げ、ローズはガーズを見つめたまま硬直している。
 二人目のデリート。
「くそが!」
 一瞬の硬直から、怒りに朱に染まったラインがハッチに向かって走る。
 ハッチから顔を出したラインの見たものは、空中を飛び回るクリーチャーだった。一抱えもあるそのクリーチャーは、ケツにでっかい針があり、その顔はあたかも苦悶の表情を浮かべた人間のようだった。
 一匹の蜂型クリーチャーの初撃をかわすと、ラインは額になにかの紋章を浮かび上がらせて魔法を発動した。
「翻訳実行(インタプリタ)・峻厳な神々の山に吹く風よ、その牙をもって、邪悪を切り裂け!ハウリングウィンド!」
 ラインの前から出現した冷気の烈風は、十数体の蜂の軌道を乱し、空中でばらばらに分解する。
 蜂は地面に落ちた衝撃で粉々に砕け散り、塵一つ残さずに存在を消した。
「OKライン!後はケツに食らいつく化け物をお願い!」
 クリスは前方の障害物、クリーチャーを撃破しながら叫んだ。
 返事は当然ないだろうが、ラインならなんとかするだろう。
「さぁ!このまま行くわよー!」

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