4.嘆きの魔人

 誰かの荒い息づかいが聞こえる。
 クリスと、OZ。それに酒場で雇った4人の冒険者達は、クワトロアンカーの、誰も行ったことのない暗闇を歩いていた。
 作戦開始から30分。1830時。
 クリスは装弾数180発の軽機関銃『スィーパーD5』を構え直した。
 残弾数は34発。持ってきていた予備弾倉は使いつくし、LVアップを告げる電子音を無視しながら撃ちまくった。
 暗闇のせいか、はたまたバグなのか。
 地下に生息するクリーチャーは奇怪な姿をしていた。
 今も体長2m以上あるクリーチャーが、尾を青白く光らせながら迫ってきている。
 尾は壁に接触する端から表面を削り取り、空気中にウィルオーウィッスプと呼ばれるプラズマの塊を乱舞させていた。
 咆吼を上げながら迫り来る敵を、ひとかけらの感情も見せずに、闇雲に撃ちまくる。
 クリーチャーは体中を50mmで穴だらけにされながらも、最後の断末魔のようにその青白く光るプラズマウィップを振り回した。
 後方に待避しながら、手榴弾のピンを抜き、スナップ。
 手榴弾は、怪物の大きく空いた傷口に吸い込まれるように入ると、凄まじい爆発で怪物を粉々に吹き飛ばした。
 だが、爆炎に照らされて、暗い通路の前方には新たな敵が浮かび上がった。

 ・・・倉庫に集まった冒険者達は、冷めた目つきで己の武器を点検していた。
「よっほ☆さーて、作戦開始!総員、時計を合わせるわよ」
 時計を合わせ終わると、誘導の冒険者(ケインという名前だった)は、「先に行ってる」と言い残して足早に去っていった。
 作戦開始まではまだ時間がある。1753時。
「えーと、名前がないと不便だからお互いに自己紹介しましょ。わたしの名前はクリス・コファー。ねぇ?OZちゃん?」
 いたずらっぽくクリスに微笑まれたOZは、一瞬肩をびくっと痙攣させると、クリス弱々しい笑みを浮かべた。
「よ、よろしくな」
「俺の名前はガーズだ。適当に決めたからこれ以上名前はねぇ。獲物はこいつだ」
 少々太り気味の大男は、人なつっこい笑みを浮かべると手に持った巨大な斧を持ち上げた。
「ちょっと、そんなでかい獲物じゃ、苦労するんじゃない?」
 その隣のグラマーな金髪美女が、肩をすくめつつ苦笑した。魔術師然とした服装で、ハッカーとしては驚いたことにロッドを持っている。
「なーに姉ちゃん、この斧はちょっと細工がしてあってね。『何でも』切り裂けるようにしてあるし、重さも感じない」
「姉ちゃんは止めてよ。あたしの名前はローズ。見ての通り魔術師よ」
「エミも魔術師だよー☆んとねー、難しい魔法が使えるのー☆」
 きんきんとした声を出しながら、エミと名乗った女の子が元気良く立ち上がった。
 ロッドの先に黄色の宝玉がついてあるところを見ると、錬金術士なのだろう。きっちり、縞模様もはいっている。
「ふん・・・、ガキと女か。おいおい、これは遠足じゃねーんだぞ?」
「まぁそういうなよライン。おっと、こいつはライン。召喚士だ。俺の名前はハリアー。どうということない、ハッカー剣士さ」
 ハリアーと名乗った剣士は、顔見知りらしいラインを手で押さえながら、爽やかに笑った。背中には冗談のようにでかい剣−全長3mはある−がマウントされており、フルプレートで身を固めている。一方のラインは、武器らしい武器は持っておらず、黒いスーツに身を包んでいた。
「みんな武器はいらないの?色々持ってきたんだけど」
 少々残念そうな顔で、クリスが皆を見回した。
「なになにー?エミに見せて見せてー」
 せがむエミに、苦笑しつつ、クリスは倉庫から武器を取りだした。
 出るわ出るわ、よくもはいるなーというほど、大量の武器が入っている。
手榴弾、MP5、ベレッタをはじめハンドガンが5、6丁、スィーパーD5と呼ばれるバカでっかい機関銃、大小の刀剣、槍、弓、クラリシア特製のマジックマーブルetcetc.....
「ほー、よくもこれほど集めたな」
 ラインが感嘆のため息を洩らす。彼は赤い色をしたマジックマーブルを取ると、それをじっくりと眺めた。
「なにが入ってるんだ?」
「さぁ?」
「おいおい。効果も分からないのかよ」
 ラインは無造作にマジックマーブルを放り捨てた。
 ラインの捨てたマーブルを拾うと、クリスはその赤をじっと見つめてつぶやいた。
「これはあたしの師匠。クラリシアの作ったものよ」
「!」
 なにげなくつぶやいたクリスの言葉は、ハッカー達に衝撃を与えた。
 クラリシア・クロス。炎の魔女。
 ハッカーの間でも、一般にも有名なそのハッカーは、その容赦ないデリートの仕方と、恐ろしい威力のオリジナル魔法とで知られていた。
「・・・なるほど、ね。なるべくなら、逃げ場のないところでは使って欲しくないものだ・・・」
 声のトーンを少し下げて、ラインがつぶやく。
「・・・まったく同感だわ・・・」
 ローズもしかめっ面をしながら、つぶやいた。
 数瞬。それぞれ物思いにふける一同は、ため息や首を振る動作で回想から立ち直ると、地下に向かって歩き出した。
 地下への通路は、倉庫の中央にあった。
「はいよぉ!」
 ガーズの巨腕が振り下ろされると、その一撃に地面に置かれた貨物は粉々になった。
 そしてその下から全てを飲み込む闇の深淵が広がって見える。
「・・・いくわよ。先頭はガーズとOZでお願い。中央はわたしとラインが。後衛はハリアーとローズとエミにお願いするわ。それじゃ、くれぐれも油断しないでね」
 クリスの言葉に、ラインが顔をしかめる。
「おいおい、誰に物いってんだ」
「あんたによ。忘れないで、わたしがリーダー」
「けっ」
 両者の間に広がりかけた険悪なムードは、ガーズの一声で消え去った。
「さーてと、地下にいやがる魑魅魍魎でも、いっちょ退治にいこうかな!」
「エミ、ちみもーりょーヤダー!」
「おいおい」

 地下にはひんやりとした空気が流れていた。
 すでにここは海面下であるが、さすがにクワトロの中央近くということもあって、海水はここまで染みてきていない。
 それとも、それはここだけなのか。
 ともかく、一行は東へ向かった。
 地下とはいっても、元は船である。単純に東へは行けなかった。
 徐々に地下へと降りつつ、突破口を開き前進しなければならない。
 そして、地下には化け物がいる。
 最初に出会ったのは、人型のクリーチャーだった。
 通路の半分−約1m−ほどの身長のクリーチャーは、触手がより合わさったような腕と、足がでたらめについていた。
 かすかな足音を聞き分けて、クリスが銃を構えた。
「どうやら、お客さんみたいねー。エミちゃん。ローズちゃん。派手な魔法を一発お願いするわ☆」
「エミがんばるー」
「分かったわ。ちょっと通してねー・・・書庫解凍(エキスパンド)・・ウォーターランズドライ!・実行(ラン)」
「翻訳作成(コンパイル)☆・密林に広がる闇の彼方より、轟き響く野獣の咆吼・連係編集(リンク)☆」
 一足早く、ローズの杖の先から紅色の輝きが漏れると、青い奔流がほとばしった。
 奔流は闇の彼方に走り去る。
「ロード・ジャングルクライシス☆・実行(ラン)」(注1)
がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
 その後を追いかけるように、エミの杖の先から不可視の力が迸った。音は破壊の波となって壁にひび割れを生じさせながら走る。
「ぐぎゃぁぁぁぁっ!」
 悲鳴が遠くから聞こえると、なにかの走る音が響き渡り、ローズとエミが下がると同時に身長1mほどの未確認クリーチャーが視界に現れた。
「やれやれ」
「俺にまかせろぉ!」
 OZとガーズが、それぞれの獲物を担いで走る。
 ガーズの斧は壁を紙のように切り裂きながらクリーチャーに迫り、防御行動で前に出された触手をまとめて叩ききって脳天に突き刺さった。
 OZがガーズの影から忍び寄り、人間なら心臓がある部分に拳を叩きつけた。
 拳はしめった音をさせて体内に侵入し、握りしめたマジックマーブルを握りつぶす。
「ラン」
 直後、その部分から腐食が怪物の全身を広がり朽ち果てさせた。
「どうやら、俺の出番はないようだな」
 のんきにラインが呟いたとき。
「「きゃぁぁぁぁ!」」
 後衛の女性二人が悲鳴を上げた。
「なに!?」
 振り返ったクリスの見たものは、胸の中央からばっさりと断ち切られたハリアーの姿だった。
 すでに絶命しているだろう。ハリアーの上半身は地面の血だまりの中に転がっていた。
 そしてその背後には、プラズマウィップを励起させたクリーチャーの異容が立ちふさがっている。
「このっ!」
 クリスの持つスィーパーD5が火を吹き、クリーチャーを瞬時に肉塊に変える。
「死ねぇぇぇぇぇ!データーロード!エクストラクト(抽出)・ケルベムケルビム・融合(フュージョン)!」(注2)
 ラインが叫ぶ。
 魔法の発動と同時に、ラインの全身を炎が舐め、徐々に変化させていく。
 頭からねじくれた黒い二本の角を生やし、赤い目を憎悪で燃やした魔人ラインは、怒りの咆吼を上げると通路を炎で満たした。魔人ラインは背中から生やした6枚の羽根を一振りして、そのまま敵につっこんでいく。
「ちょ、ちょっとー!死ぬじゃないのよ燃えるじゃないのよどーすんのよ・・・って、あれ?」
 炎はクリスや他の冒険者には効果を与えず、通路を満たすクリーチャーのみを燃やし尽くした。
 炎の向こうから、ラインの咆吼が聞こえる。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「・・・へー、すごいじゃん」
 黒こげになって転がるクリーチャーを、つま先で遊びながらクリスは呟いた。
「どういうことだ」
 元に戻ったラインが、うつむきながら呟く。
 言葉の端端に怒りが具現化して見えてきそうだ。
「・・・知らないわ。ただ、言えることは、こいつらは私たちをデリートする。戦闘不能なんてないわ。・・・たまたまクリティカルが出たのかもしれないけど・・・油断は大敵ってことねー」
「信じられん・・・・」
 OZが静かに周りを見渡しながら呟いた。
 6人にその数を減じたクリス達。
 探索はまだ始まったばかり・・・。

注1)翻訳作成(コンパイル)☆・密林に広がる闇の彼方より、轟き響く野獣の咆吼・連係編集(リンク)☆・・・・ロード・ジャングルクライシス☆・実行(ラン)
 前方に向かって扇状に展開する超音波を発生。防護点を無視するダメージを与える。利点は防御のしにくさにある。

注2)データーロード!エクストラクト(抽出)・炎の魔人ケルベムケルビム・融合(フュージョン)!
 J-アートと同じく、映像をキャラの上にかぶせる。
 ただし、ステータスはクリーチャーのものと同じになり、攻撃方法も同じようになる。jーアートを用いた複合違法魔法(錬金術とビーストマスター)
 ケルベムケルビムはかなりLVの高いモンスターで、作中に有るとおり、黒いねじれた二本の角、6枚の黒い翼。赤い瞳をもった魔人で、炎を操る。技名は「裁きの炎」敵のみを焼き尽くす。

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