3.ある青年の転機(笑)
陽気なポルカ。名前も知らない冒険者たちの挙げる声。どこかで犬が遠吠えしている。
「今日はあたしのおごりよ〜、がんがん飲んで!がんがん!」
クリスは痛む頭を抱えながら、ポセイドンへの侵入経路と、装備の確認を行っていた。
「手榴弾・10個、C4・100g、医療キット、携帯食料・人数分etc....」
途中、痛む頭にいらつきながらも、地味な作業は続く・・・・。
酒場のノリは最高潮に達し、皆が皆誰彼構わず抱きつきまくっている。
「ひゅ〜☆ねーちゃんいけてるねぇ!」
「あはは〜、任せて任せて!さぁ、どんどん行くわよぉ〜」
クリスも顔を真っ赤にしながら、黒ビールを一気飲みしていた。
(昨日の一気のみが悪かったのよねぇ・・・)
昨日クリスは、不健康な酒場を出てから、気分の任せるままに通りすがりの酒場で飲みまくってきた。
そのつけが今日に回ってきたということだ。
夜の8時までは、まだ間がある・・・・。
ポセイドンの歓楽街が店開きをしようとする時間帯。これから祭りが始まるような、どきどきとした高揚感がその地域を包み込み、道行く人の表情もどこか浮ついて見える。
クリスは約束の8時に酒場を訪れていた。
OZの言った通り、酒場の中に客はほとんど居なかった。人が居ても居なくても、酒場の不健康な雰囲気は変わらない。
昨日も居た強面のマスターがカウンターで静かにグラスを磨き、従業員が汚い床をせめてマシなものに見せようと、涙ぐましい努力をしていた。
無駄な努力であったが。
「・・・よう、クリス」
カウンターに座り、静かに飲んでいた男が、クリスを見つけて声を掛けた。
男の周りには、マスター以外誰もいない。
「・・・人数は集まらなかったの?」
いぶかしげなクリスの視線を受けても、OZの表情は一切変わらない。
OZはゆっくりとかぶりを振ると、静かに立ち上がった。
「こっちだ、来い」
酒場の奥の小部屋は、店の床同様、小汚いものだった。
部屋の中には、様々な格好をした冒険者達がいた。お陰で部屋の雰囲気は、普段のむさ苦しさの20%増しになっている。
OZの後ろからゆっくりと部屋に入ると、目つきが鋭いことだけが共通している冒険者達が、新たな侵入者をじろりと見る。人数は6人で、その点でクリスの注文は裏切られなかった。
「わたしが依頼人のクリスよ。作戦を聞いてから後で止める者は、今すぐ出て行きなさい。邪魔するものは容赦なくデリートするわ」
クリスは開口一番に冷たく宣言すると、部屋に一個しかないテーブルの前に立ち、これも一個しかない椅子に座った。
しばらく無言。
誰も出ていく者がないのを確認すると、クリスは作戦の説明を行った。
「では始めるわ。まず、ポセイドンに侵入する者とは別に、陽動の為に一人。他は侵入組よ。なにか希望はある?」
クリスが一同を見回すと、一人の男が手を挙げた。
「その役目は俺にさせてくれ。俺は一応遺跡荒らしだ。その手の工作には自信がある」
「OK。そちらの方は任せるわ。時間は2100時。よろしくね」
「ああ」
男は短く返答すると、壁に背を預けて黙りこくった。
おそらく、作戦の成功率を見極めるつもりなのだろう。当然、見込みがないと思ったらこの男は動かないはずだ。
それはそれで面白いじゃない。
クリスは胸中でごちると、視線を資料に落として先を続けた。
「侵入組は1830時に、クワトロアンカー西のF2倉庫に集合。そこから地下への通路があることが分かっているわ。地下からは・・・このルートを通ってエレベーターの点検用横穴に近づく。ここは新旧のエレベーターのつなぎ目になっているところで、比較的エレベーターが停止させやすいのよ。この時点で2100時。陽動は指定された時間に、エレベーターの動力から監視の目を背けること。そうね、戦闘不能にしちゃいなさい。デリートは面倒なことになるから」
先ほどの男が静かに首肯する。
「ポセイドンについた後は、各自の判断に任せるわ。装備はこちらで用意できるけど、市販の物しか出来ないわ。必要な人は申し出てちょうだい。・・・それと、報酬は無事にポセイドンの監視を振り切ってから。・・・ようするに、わたしがポセイドンに潜伏した後よ。以上。質問はある?」
とんとんと、資料をテーブルに立ててまとめると、クリスは一同を再び見回した。
質問はなかった。
帰り際に、OZがクリスの後を追ってきた。
「あんた、俺と寝ないか?」
ぶっきらぼうにそう言い放つと、OZは今日も出ている月を眺めた。
どことなく思春期の少年のような、気恥ずかしさが感じられるのは、クリスの勘違いであろうか。
(まー、悪くはないわね)
心の中で舌を出しながら、クリスは相手の横顔を眺めた。
「あら?どーゆー風の吹き回し?」
そしらぬ顔をしながら、クリスが意地悪く訪ねると
「さてね、あんたが気に入ったってことだけだ」
とぶっきらぼうに返す。
クリスは内心でくすくす笑いながら、優しく微笑んだ。
その夜、一人の男の価値観が変わった・・・・・
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