じりりりり!
けたたましくなる目覚し時計。
いつもなら鬱陶しく止めるものが、今日はなぜかありがたい。
「やっとかぁ……思ったより早かったけど……ながかったなぁ」
眠い目をこすり、布団の横にある機械を起動する。
「今度はあんなこと起こらないでくれよ〜、サイアドちゃん」
サイアド――CYBERNETIC ADVENTURER(サイバネティック アドベンチャー)――

全世界で大流行しているネット型バーチャルリアリティゲーム、もう一人の自分を演じるが売り言葉だ。
誰しも一度は考えたことがあるだろうもう一人の自分、それを演じることができるこれは、瞬く間に全世界に広まっていった。
参加者も今なお爆発的にのびている。
このヒットが、予想外の悲劇を生むことにもなったのだが。
このゲームのひとつの大陸がハッカー達の攻撃対象になってしまったのだ。
試験的に創られた空中大陸――マチュピチュ――
そこに集まった殆どのキャラが異常をおこし、それによりいちど閉鎖せざるをえなくなった。
システム面の見直し、補強などを施し復旧したのがその24時間後というのは奇跡に近い。
再登録はそれからすぐに行えるのだが、参加者が多いために一斉にログインされ、それによるサーバーダウンを防ぐために参加はランダムに選ばれた順におこなわれた。
今日が彼の登録可能日というわけだ。
「さって、今度はどんなキャラにするかな……以前は錬金術士だったけど……今度は単純に戦士……だったら……」
彼は乱雑に散らばった机の上から一枚のディスクを取り出す。
「あった、これでいきなり上級職からはじめれるはずだ……」
侍用バージョンアップディスクと書かれたそれをインストールする。
「さって、はじめるかぁ!」
こうして、彼は電脳世界の住人となった。

『登録完了……起動します』
視界がかわり、乱数が形をなしていく。
家・木・地面、それは現実世界となんら変わる所が無い。
「……どうやらどこかの村からはじまったようだな……」
「おい、どこから進入した……」
背後にひろがる殺気、首筋にあたる冷たい感触。
「え……なに……?」
全身が凍りつき、思うように言葉が出ない。
(なにがどうなってるんだ?)

なにがどうか全然理解できない――ひとつをのぞいて。
(へたに動いたら、本当に消される……)
とりあえず、両手をゆっくり上げる。
「あの……僕、今はじめたばかりで……」
「ほう、新規登録者か……」
言葉がやさしくなり、殺気も多少和らぐ。無くなってはいないが。
「お前、よほどの幸運か不運のどちらかだな……」
そういうと、首筋から冷たい感触が消える。
「……?」
意味がわからずゆっくりと振り向く。
そこにはいかにもな戦士姿の大男がたっていた。
剣はすでに鞘にしまわれている。
「ま、ついてこい。長にあわせてやる」
彼の反応も確認せず、一人で勝手に進んでいく。
「あ……」

あわてて後をついていく。
目的地に着くまでのあいだ、大男は一言もくちを開かない。
(この空気……嫌だなぁ……)
しばらくして、特になんの変哲も無い一軒家にたどり着く。
「ちょっと待ってろ」
相変わらず相手の反応を待たず、勝手に家の中に入っていく。
「……いったい全体どうなってるんだ?」
なにをするでもなく、ぼーっと立ちすくんで、考える。
「……いったいどこの大陸なんだ……」
設定では近未来ということになっているが、ここはどちらかといえば昔を連想させる。
「うーん、こういう村ってあったんだなぁ」
「村じゃねぇよ」
「うわぁ!」
突然ドア越しの回答に思わず声をあげる。
「長がお前に会うってよ、中に入って来いや」
「は……はぁ……」
恐る恐るドアを開けると――何の変哲も無い普通の部屋だった。
とてもじゃないがこの村――大男は違うと言ったが――の長が住んでいる家には見えない。
「あの……おじゃまします……」
ワンルームの少し大きめの部屋、調度は殆ど無く、テーブルがひとつあるだけだ。
「おう、はいってこいや」
中には大男と、その向かいに座っているもう一人しかいなかった。
見た目、優男風の侍、額に大きな傷跡が目立つが、それ以外は特に述べる特徴も無い。
「そんなところに突っ立っていないで、入ってこいよ」
「は……はい」
大男に促され、横に座る。
「こいつがその不運の男……っと名前まだ聞いてなかったな」
「あ、ムサシです」
「だそうだ、どうする、リョウ?」
リョウと呼ばれた男は、軽くムサシに視線を送り。
「ムサシ君か、はじめまして」
「は、はい……」
リョウと呼ばれた男は、意外なほど軽い口調で話し掛けてきた。
「さて、ここがどこかわかる?」
「い……いえ、まったく」
「新規登録らしいけど、クラッシュ体験者?」
「は、はい」
「ふぅん……」
リョウは持っていたお猪口を口まで運ぶ。
「で、どうするんだ、リョウ?」
「そうだねぇ……」
空になったお猪口に酒を注ぎ。
「まず、彼に現状を説明するほうが先だと思うけど、どうだい?」
「あ、そうか。すっかり忘れてたぜ」
言って、豪快に笑う。
「さて、名前を言ってなかったな、俺の名はリュオー。リューって呼んでくれ」
「はぁ……」
「で、ここがどこかだが、知りたいか?」
「そりゃあ、出来れば現在位置くらい知ってたほうが……」
「よし、まずこの大陸は『ヤマト』だ」
「ヤマト……」
非日本人が考案した日本風大陸――ヤマト。
その風景は、考案者の多大な勘違いのおかげでまったく風変わりなものとなっている。
サイアドの設定が近未来なのに、この大陸だけはどこかずれている風がある。
大日本帝国時代が混じっていたり、江戸時代がまじっていたり。
ここもそれを反映してか、つくりが昔っぽかったのだろう。
「ほぅ、知ってるってことは、まったくの初心者ではないんだな?」
「ええ、再録っすから」
「再登録者?ってことは、クラッシュ体験者か?」
「あ、そうです」
「ほぉ、じゃあ知ってるかもな、ヤマトにある公式内非公式集落……」
「里!」
ムサシが思わず叫ぶ。
この世界、何をするのも自由だが、大体がいくつかのパターンに分かれる。
お金を貯める者、魔法を追求するもの、破壊を楽しみカロンに捕まる者。
里とは、肉体による強さを求めた者達がおこした村のことである。
本来、村や町の数は増えたりしないし、減ったりもしない。
里にも、幾度となくカロンが攻めてきたが、全てを返り討ちにし、
しかたなく制作者側が公式に、非公式として認定することになった。
だから地図上には存在しないが、村として存在している。
一般人が入ることはまず無理で、入里するには二通りしか方法が存在しない。
里の者を倒して入るか、スタートしたときにこの村から始まるか。
後者の確率は、数万分の1以下で、ほとんどないに等しい。
「知ってるか、なら話は早い。どうする?出て行くか、残るか?」
「え……いきなり言われても……」
あごに手をあて考え込む。
「ま、こっちは酒を飲んでるから今日中にでも決めてくれよ」
言って、リョウとリューはちびちびとやりはじめた。
(強さを求める集団……以前は魔法だったから、丁度いいかも……)
「残ります!」
「お、早いな。だ、そうだ……どうする?」
視線だけをリョウに向ける。
「そうだねぇ……いいんじゃない?」
「おいおい、試験くらいしたほうがいいんじゃないか?いきなりロストされてもかわいそうだしよ」
「試験……ねぇ……」
「試験……ですか?」
ムサシが不安そうに尋ねる。
「簡単な試験だけど、ムサシ君、受けるかい?」
リョウが気軽に尋ねる。
「え、ええ」
答えた瞬間、世界が止まった――ようにムサシには感じた。
全ての動きがコマ送りになる。
(……!?……なんだ?いったい?)
良くわからないまま動けずにいると、リョウの手の部分に変化がおこる。
残像が生まれた――逆方向に。
(なんだ?これ……)
残像の薄い部分がだんだん濃くなっていき、本体に触れると同時に消滅する。
その残像は、リョウがお猪口をムサシに投げ飛ばす軌道までも映している。
(これなら、よけれるかな……)
右に避けようと思った瞬間、リョウの残像がいっきに増える。
避け用と思った場所にリョウの刀が迫ってくる。
まだお猪口がリョウの手から離れてもいない状態で、である。
(つまり、これをどうするかが試験なわけか……)
心でつぶやきながら、答えはすでに出ている。
避けようとした隙をついてくるなら、避けなければいい。
そう思った瞬間に、リョウの刀の残像がすべて消え、動きが普通にもどる。

がつん!

思ったより大きな音をたて、お猪口はムサシの額にあたった。
「なんだよ、こんなのも避けれないなんて……失格だな?」
「いいや、合格だよ」
「あん?どうしてだ?」
リューが思わず聞きかえす。
「いまのは避けないのが正解、一応怪我が無いように投げたからね」
「……でも、痛かったです」
苦笑を返す、ムサシ。
「それにしても、変わった試験ですね」
おでこをさすりながら言う。
「変わった?普通に投げただけだけど?」
「え…?でも、急に動きが遅くなり、へんな残像が……」
二人の表情がかわって厳しくなる。
「まさか!?」
「たぶん、『見切り』だねぇ」
「みきり……ですか?」
「ああ、これは特殊技能じゃないんだけど、たまにいるんだ。
 攻撃の全ての先が見える能力……現実世界の宮元武蔵が使っていた一寸の見切りも、こんな感じだって言う人もいるね」
「ムサシが見切りか、こりゃ面白いしゃれだ!」
また豪快に笑い出すリュー。
「まぁ、合格したからには仲間だ、明日みんなに紹介するから今日はまぁ飲め!」
「ちょっと、これお椀じゃないですか」
「武蔵は酒豪だったらしいぞ」
「僕は武蔵じゃないですよ〜〜」
こうして、彼の不幸な冒険初日は更けていった。

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