「ほらほらー、敵さんが来ましたよー」
クリスの相棒。クラリシア・クロスの緊迫感のない声が、クリスのやる気をしぼませる・・・。
まだ肩で息をしながら、クリスは暗闇に光る無数の目に向かってロッドを向けた。
ここは、C−アトランティスの洞窟の最奥部。
まだ駆け出しだったクリスは、そのころルビーを溶かし込んだような赤い髪のクラリシアと、経験稼ぎに勤しんでいた。
「わーてるよ!シア!」
クラリシアは、ルビーを溶かし込んだような赤い髪に、赤い瞳。そして、身体の線がはっきり出るローブを身に纏い、胸元には巨大な宝玉がついたペンダントをつけた派手な美女だった。年の頃は20代前半といったところか。ぼーとクリスを観察している赤い瞳の奥には、強い意志の光が認められる・・・・気がする。
クリスはクラリシアにそう、怒鳴り返すと魔法アプリを解凍する・・・
「書庫解凍(エキスパンド)・ファイアーボール・ラン!」
ロッドの先の宝玉が、炎のエンブレムの描かれたカードを吸い込むと、鮮やかな紅にその身を染めた。
杖の先から炎の固まりが吐き出されると、闇に向かって突き進み爆発・四散する。
「ぐぎゃぁぁぁ」
炎は赤い輝きで怪物どもを照らし出すと、なんとも言えぬ嫌な臭いが、狭い洞窟内に立ちこめた。
「どーんなもんよ。シアちゃん」
えっへんと胸を張ると、クリスは背後を振り向いた。
「おじょーず、お上手。さ、クリスさん。次はあれですわよー」
ぱちぱちと拍手するクラリシア。
「へ?」
振り向いたクリスの見たものは、双角の魔人の咆吼する姿だった。
「ぐおぉぉぉぉ!」
「またかー!!」
絶叫するクリスを尻目に、魔人は洞窟を一部破壊しながら突き進んでくる。
クリスは杖を構えると、やけくそ気味に叫んだ。
「えーい、そろそろクリアーでもいーだろー!!書庫解凍・・・ファイアーボール・・・」
再びロッドが赤く輝く・・・
「そうそう、その怪物さんは火属性を吸収しますわよー」
「ラン!って・・・げー!!」
ツドゥン!ボアッ!
魔人はクリスの火の玉を、正面から飲み込むと二人に向かって口を開いた・・・
キュイイイイイイイイイイインッッッ!!!
なにやら攻撃準備をしている魔人。
「クラリシア!そーゆーことは、もっと!はやーくぅぅ!!」
頭を抱えてクラリシアの方をみたクリスは、振り向かなければ良かったと後悔した。
「おやおや、吸収もする見たいですわねー・・・・ずずずー・・・・はー緑茶はおいしー☆」
そこには、どこから取り出したのか、緑茶を飲み干すクラリシアの姿が・・・。
クリスは頭を抱えて、もだえた。
「のぉーー!!あーオレは死ぬのかー!まだ全然極めてないのにー!また一からやりなおさなくちゃーいけないなんて!がーオレってば、不幸ー」
キュウウウウゥゥゥゥゥンッ・・・・・
好き放題にしゃべりまくる二人を見て、準備の終わった魔人は小首を傾げた。
「ぐ?」
「あら?」
「のぉーーーーー!!!」
一緒になって小首を傾げるクラリシア。
さらに混乱へと分け入っていくクリス。
このエネルギーはどうすればいいんだと、当惑ぎみの魔人。
洞窟の中に一瞬流れる静寂の瞬間だった・・・(感動!)
感動の瞬間を最初に破ったのは(つきあいのいい)魔人だった。
「グオオオォォォ!!!(死ねや、われー!!!)」
「ロード・プリズナーシールド・ラン」
(おそらく関西系)魔人の咆吼に重なって、クラリシアの静かな詠唱が重なる。
咆吼はそのまま破壊エネルギーの波となって、狭い洞窟内を突き進む。
そして、クラリシアの魔法でだした虹色の壁面にぶつかると、そのまま逆転して魔人の口内につきささった。
ピシュゥンッ!シュバァァァァァァ!!!!
頭部を失った魔人が倒れると、洞窟内にはクリスの悲鳴(まだ騒いでいた)だけが響き渡っていた・・・・。
魔人を倒して、二人はいつもの荒れ果てた渓谷に戻っていた。
「ふぁはぁ・・・・つっかれたー・・・・」
そのまま、渓谷にぽつんと設置されたテントに倒れ込むクリス。
その側では、今回の収支決算を書いているクラリシアの姿があった。
クリスは倒れたまま、クラリシアの美麗な横顔を見つめていた。
(はぁー・・・)
ボケにつきあわされて命を無くしそうになったことは数しれず。
あんな辛いクエストをこなすのは、クリスのレベルアップと、生活費を稼ぐため・・・と彼女は言っているが・・・・
(ぜってー趣味だ。こいつ・・・)
クリスの窮地を見て笑ってるクラリシアを見てると、そう思える。
それでも、クラリシアとの時間を少しでも・・・と思ったから、耐えてこれた。
(しかし・・・今回はさすがに・・・疲れた・・・・)
ぱちぱちと算盤をはじく(趣味だそうだ)クラリシアの横顔を見ながら、クリスの意識は落ちていった・・・。
クラリシア・クロス。年齢21歳。複合魔法使い&違法魔法使い。ボケと色気の同居している人。経歴謎。冒険歴謎。そして・・・・
「そして、レズなんだよなぁ・・・このしと」
「はい?」
「い、いやなんでもないよ、シア」
思わず独り言を漏らしてしまってから、クリスは慌てて首を振った。
思えば、初めてこの人に会って一目惚れし、告白してから苦労が始まったのだ。
クリスが男と聞いた彼女はこういったもんだった。
「あらー、わたしって女の人としか寝ないのですのー」
あっけらかんとそういうクラリシアを見て、クリスの肩が落ちたことは言うまでもない。
それからあれよあれよという間に、クラリシアとクリスは、ボケ師匠&苦労人の弟子という今のポジションを獲得していた。
(あー、オレってば不幸!)
そんなある日、クリスは鏡を見ながら、ある一つの決心をした。
「えーいっ!かまうもんか!どーせこのままじゃ、シアは物にできないんだ!」
クリスはそう叫ぶと、街のバーゲンで買ってきた紙袋から、「ブツ」を取り出した。クリス・コファー17歳の夏。
クリス君の密かな決心のあった、次の朝。
「あーらー、クリスさん可愛いですわー」
すっかり女の子になってしまったクリスちゃんを見て、クラリシアはぽんっと手を打ってよろこんだ。そう、クリスはクラリシアの性癖に負けて、自ら女として生きることを決めたのである!(ばばーん!!)
「どうだいシア!」
嬉しそうなクラリシアの笑顔を見て、こちらものりのりでポーズなど取ってみたりする。
こうして、オカマのエルフという珍しい種族が誕生しました(笑)
クリスは早速クラリシアに告白し、あ、という間にOKをもらって幸せに暮らしましたとさ。
女の格好してりゃーなんでもいいんかい!クラリシア。
ある日、二人が修行しているところから、少し離れたある街に、一人の怪しい男がたどり着いた。全身黒ずくめで、手にはなにかが叫んでいるような模様の掘られた杖を持っている。これでもか!といわんばかりの怪しさである。
男はぼろぼろのローブを引きずりながら、その病んだ目をきょろきょろと動かしながら、しばらく街を徘徊した。
やがて、街のさして広くもない広場も歩き回り、疲れた男は近くの酒場になだれこんだ。
「・・・酒だ・・・」
「銘酔亭」と書かれた看板どおり、酒場の中にはすでに気持ちよく出来上がっている男たちがたくさんいる。
マスターは陰鬱な男に肩をすくめると、適当に酒を渡しながら、先ほどから話し込んでいた冒険者風の男に相づちを打った。
「でなー、俺がその時『まてっ!下着泥棒!お前の悪事はすべてお見通しだ!おとなしく堪忍しろぉ!』・・・とまぁ、かっこよく決めたんだよ」
「ほほぉ。それで例の泥棒はお前さんに捕まえられたのかぁ。・・・でもなぁ」
マスターは、グラスを磨く手を止めて訪ねた。
「なんだよ?」
「情けない事件だったなー」
しばらく二人は無言になると、無意味にナハハハ・・・と笑い合った。
「・・・そ、それはそうとマスター。最近、近くの岩山で誰かが攻撃魔法連発してるらしいぜ。しかも火炎魔法ばっかり」
心なしか声を低くしてしゃべる冒険者。
「・・・ほーそりゃ物騒だなー。だがまー、あそこにゃ木なんて生えてないからな・・・」
だんっ!
今まで陰鬱に酒を飲んでいた男は、その話を聞くと狂気に目をぎらつかせながら
「お前ら・・・そこはどこだ?」
とすごんだ。男の異様な様子に気が付いて、酒場のにぎやかな雰囲気が、水を打ったかのように静まる。
「な、なんだよ。お前は」
冒険者風の男が、びびりながら薄気味の悪い男を睨んだ。
「我のことはどうでもいい・・・それより、場所を教えるがいい・・・」
男は偉そうにつぶやくと、冒険者の額に杖を翳した・・・。
謎の男が酒場ですごんだ次の日。
物騒な二人は、未だに魔法の修練をしていた。
もともと素養があったのか、それとも晴れて恋人同士になってやる気が違うのか。
夜のおつとめでいささか疲れていながらも、クリスの魔法の威力、命中力は飛躍的に向上していた。
さすがに周囲の堅固な岩山も、度重なる魔法の連打で、あちこち穴が開いていたりするが。
「書庫解凍・エレメンタルハイ・実行!」
耳元との金のピアスに、炎が意匠されたカードを吸い込fませる。
ピアスは炎を灯して赤く輝きを放ち、人型をした炎の固まりが上空を飛び回ると、目の前にあった岩に命中し、蒸発させた。エレメンタルハイ・・・威力はそれほどでもないが、特に命中が難しく作ってある。作ったのはクラリシア。
「やったわ!シアちゃん。どーよ」
クリスは、初の成功に目を輝かせてクラリシアに飛びついた。
「クリスってばー、すっかり慣れてきたわねー」
よしよし、とばかりに頭をなでてやるクラリシア。こうして見ると、まるで姉妹のような二人だが・・・。
きっぱり肉体関係のあるアブノーマルズ、である。
「やっぱあたしって、天才!?」
「炎系だけだけどー」
ひょい、と肩をすくめるクラリシア。
「やーねーシアちゃん。それは言いっこなしよ」
クリスはぱたぱた手を振ると苦笑した。
この頃になると、クリスの女言葉もかなり様になってきている。
しばらく、あーだこーだと言い合っていた二人は、昼ご飯を食べ終えると、午後の修行にはいった。
「そろそろー、わたし流の違法アプリケーションの作り方についてレクチャーしましょーかねー」
クラリシアはそう言うと、懐から見慣れないカードを取り出した。
カードは真っ黒で、中央に金色と赤色で爆発のエンブレムが意匠されている。カードの周りには、一見無秩序に見える数字と英字の鎖が絡みついていた。
「これはねー、「レッドツェッペリン」と言ってー。わたしのオリジナル魔法よー。とはいっても、ちょっと使いにくいけどねー」
クラリシアの手の上で黒いカードが回転した。
「ふーん・・・まぁいいじゃん。とりあえずちょーだ・・・・」
クリスが早速せがもうとした、その時
「また誰かを殺すのか、その邪悪な魔法で。我の恋人をデリートしたように!」
突然、枯れた渓谷にしわがれた声が響いた。
「だ、だれよ!」
クリスが辺りを見渡すが、それらしき人影はどこにも見つからなかった。
「ほぉ・・・可愛い女だな。ファーストデビル(FD)と呼ばれたお前に、懐くような馬鹿女がいるとは」
「ひっくぅ・・・シアはそんなださいネームは名乗ってないわよっ!この陰険野郎!」
どこにいるか分からない敵に向かって吼えるクリスの肩に、クラリシアは手をかけた。
「まってくださいなークリス。それ、ホントの事ですわー」
驚いた様子で止まっているクリスを放っておいて、クラリシアは静かに辺りを睥睨した。
「わたしの昔のネームを知っているなんて、貴方はどこの誰ですか?残念ですが、わたし。今は静かに暮らしたいんですの。邪魔するようなら、デリートしてあげますわ」
語尾を伸ばす癖もなくして、クラリシアは呟いた。
冷徹なクラリシアの言葉は、枯れた谷に虚しく吸い込まれていく。
「くっくっくっく・・・やはりそれがお前の本性か!我はファナティス!お前のレッドツェッペリンで恋人を失った哀れな男だ!探したぞ・・・お前を殺すのをどんなに待ち望んだか!我のゲーム人生の全てを賭けて、貴様を殺すためにぃ!」
ファナティスの狂気に彩られた声が、クリスを怯えさせた。
声は反響しあい、哄笑はいつまでも続くかと思われた。
「・・・ファナティス?・・・残念ですが、存じ上げませんわねー」
クラリシアがのんきに構えていると、二人の右手の方、一際大きな岩のてっぺんから、黒い波動がほとばしった。
「あらー」
クラリシアはロッドをとっさに波動へと伸ばすと、何事か呟いた。
ぱじゃっ
何かのはじけるような音がして、黒い波動は光の壁を生じたクラリシアのロッドの前で消え失せる。
「やったっ!さすがはシアちゃん!」
クリスが喜ぶのもつかの間。黒い波動は同じ方向から、次々と飛んできた。
いずれも同じ岩の上からである。
「げっ!」
青くなるクリス。だがのんびりとしたクラリシアの声が重なって、目の前に巨大な岩の壁がせり上がってきた。
「あれはー、無生物には効きませんからー。こーしておけば大丈夫ですわー」
依然と黒い波動は飛んできているようだが、はじけるような音がしてこちらには影響がない。黒い波動からは、冥界の奥底から響く、死者の声が聞こえるようだったが・・・クリスは聞こえないふりをした。
「まーそのうち壊れますけどねー」
「ちょっ!」
クリスの悲鳴に重なって、岩の壁は大音響と共に崩れ去った。
「ひぇー!!ど、どーするのよ。シアちゃん!」
クラリシアは次々と岩の壁やら、光の壁やらを出しながらのんびりと微笑んだ。
「どーするもなにも・・・めんどくさいからふきとばしちゃいます。クリス。側にいないとデリートしちゃいますから、気を付けてねー」
「ひくぅ・・・」
「ロード・コード10296G・レッドツェッペリン・・・・ラン!」
「ま、まってー!!」
クリスがクラリシアに飛びつくのと、禁呪が発動するのはどっちが早かったであろうか。
まー、クリスがデリートされないところを見ると、間に合ったようだが。
クラリシアの複雑な模様の入ったロッドに、黒いカードが吸い込まれると。ロッドは黒い炎を吹き上げた。
瞬間。黒い炎は爆発的に膨張すると、周囲20mを3万度の業火で焼き尽くす。
太陽は色を失い。あらゆる影という影が消え去った。夏の青い空も、その広さを狭めたかに見える。
「ふ、ふえー・・・」
唖然とあたりを見渡すクリス。
次の瞬間には、大地はふつふつと音を立てる溶岩の池に変わっていた。
「気を付けて下さいね。まだ充分すぎるほど熱いですから」
「シアちゃんってば・・・こえー女」
クリスは汗ジトでクラリシアを睨んだ。今後、岩山には草一本生えないであろう。
「ふん・・・。こんなものか、レッドツェッペリン」
あの陰鬱な声が、二人の耳に届いた。
蒸気を挙げる大地を歩いて、依然としてぼろぼろのローブを纏いながらファナティスと呼ばれる男は現れた。
その胸元には、酒場では見えなかったピラミッドに目の入ったペンダントが下げられている。ペンダントの目は閉じられていたが、それでもなお強烈な存在感を発していた。それは、半ば幽鬼のような男よりも強く。
ファナティスは薄気味悪いロッドを掲げると、狂気にぎらつく目を細めて呟いた。
「もはや覚えているかどうかなど、どうでもよい。FD。デリートしてやる」
「エキスパンド・ソウルイーター・ラン」
先に魔法を放ったのはファナティスの方だった。
まだ、大魔法の余韻の残っていた二人には、それを悠々と交わす余裕がない。
「くっ!」
クリスとクラリシアの二人は、お互いを蹴りあって反対方向に身を投げ出すと、ファナティスから放たれた咆吼を挙げる髑髏からなんとか身を離した。
「きゃっ・・・」
「シアっ!」
地面にたたきつけられたクラリシアは、足を髑髏に食いちぎられていた。白い足から真っ赤な血がどくどくとあふれ出し、食いちぎられたところから真っ白な骨が見えてクリスを一瞬絶望的にさせた。
だが、クラリシアは大丈夫というように、微笑んでみせた。
「てっめー・・・」
「くっくっく・・・はーはっはっはぁ!!惨めなもんだなぁ、FD。足をもがれて動くこともできないとは!魔法のない貴様なぞ、なんの興味もないっ!ただのくずだ!はーはっはっはっはっ!!」
ファナティスは笑いながらクラリシアに近づくと、その傷ついた足を踏みにじった。
「!!!」
さすがに苦悶の表情をあげて、クラリシアが声なき悲鳴をあげる。ところどころ冷えた溶岩のごつごつとした表面が、クラリシアの肌を傷つける。
「ほらほらほらっ!得意の魔法はどうしたぁ?違法アプリの一つも出せないのかぁ?んん?」
ファナティスは嬉しくて仕方ないというように、目を細めた。
「てめー!ゆるさねぇ!そのうす汚い足をどけろぉ!エキスパンド・ファイアーボール・ラン!」
クリスのピアスが一際赤く光り、そこから炎の塊が5、6個飛び出す。
ボムッ ツドゥンン・・・・
溶岩の大地を揺るがすほどの威力であったが、煙の中から現れたのは、無傷なファナティスと、少し焦げたクラリシアだった。
ファナティスの全身は光り輝き、その身体には毛ほどの傷もない。
胸元のペンダントが見開いた目を半ば瞑ると、ファナティスを覆っていた輝きは消え去った。
「おやおや。貴方もFDを殺すのを手伝ってくれるのですかぁ?」
再び哄笑。
「この野郎ぉぉぉぉ!!!」
クリスが馴れない肉弾戦を仕掛けようと、飛び出しかけたとき。
クリスの脳裏に、突如クラリシアの声が響いた。
『クリス。声に出さないで聞いて下さい・・・』
シ、シア!?
『これでお別れです。この世界からも・・・そして現実の世界からも・・・』
んな、アホな・・・
『さようなら・・・・』
なんでだよ!シアぁぁ!
クラリシアは身を半ば起こすと、目前のファナティスに細い指先を突きつけた。
「ファナティスさん」
「どうしたぁ?FD」
得意満面の男には、残虐な笑みが浮かんでいる。
「死んでくださいな・・・。ロード・コード5E60738Z」
「ふ、ふは、ふはははははははは!血迷いおったかFD!無駄無駄ぁ!貴様の攻撃など恐るるにたらんわー!!」
「スウィーサイドエクスプロージョン・・・ラン」
身体に記憶された呪文を実行。
実行された圧縮ファイルは、クラリシアの指の先から赤い光の帯を送り出す。
それと同時にクラリシアの身体を数字や記号、英字の鎖が包み込み、光の帯は赤黒い光となってファナティスの身体に巻き付いた。
「な、なにぃ!?効かぬ!ガーディアンの瞳が発動しないっ!そんな馬鹿なー!!」
じたばたとファナティスはもがくが、すでに黒色に変化した帯はそれを許さない。
「このアプリは高かったのにー!!!」
クラリシアはそんなファナティスの様子を悲しげに見ていた。
パニックに陥りかけているファナティスは、それでもクラリシアを殺そうと立て続けに呪文を唱える。
黒い波動が、死者の影が、咆吼をあげる髑髏が、そして大地からつきだした骨の手が、クラリシアに殺意むき出しで迫る。
しかし、それらはすべてクラリシアの周りを囲う、様々な記号の鎖に阻まれた。
「行商人のやろーめぇ!化けてでてやる!あー化けてでてやる!なんせ我はネクロマンサー!化けてでるのはお手のものって・・・・がー!助けろー!」
いつのまにか、指先から出現したクラリシアの魔法の帯は、鮮やかな赤い帯となってクラリシアの全身を拘束している。
「シアぁぁぁぁ!」
クリスの叫び声に振り向くと、クラリシアは何か一言呟いた。
満足げに、そして寂しげに微笑むと、クラリシアの大きな赤い瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちた。
「えっ?なんだ?なんていったんだ!シア!」
クリスの血を吐くような叫びを無視し、涙を振り切るように目をつぶると、クラリシア・クロスは最後のワードを口にした・・・
「Run Away With Me...End Now....」
黒と、赤の光は天を走り、クラリシア、ファナティスを中心として小さな拳大の球に凝縮すると、天を聾せんばかりの巨大な爆発音と凄まじい衝撃波を放った。
「ひー!たーすーけーてぇぇぇぇぇ・・・・・・」
ファナティスの無様な悲鳴が響く中に
「・・・ごめんなさい・・・」
クリスは、クラリシアのか細い、消えゆく声が、薄れゆく意識の中で聞こえた気がした・・・。
気が付くと、クリスは深い穴を見つめていた。
ファナティスと・・・そしてクラリシアが存在していた場所。
そこには奈落に直結しているような暗く、深い穴だけがあった。
クラリシアがそこで笑っていた痕跡は、跡形もない。
クリスは穴の淵にしゃがみ込むと、滂沱の涙を流した。
こつん・・・
『クリスへ・・・』
「!」
軽い感触が膝にあったと思うと、突然、脳裏にクラリシアの声が響く。
次々と溢れ出る瞳の涙を急いで拭うと、膝のところには、クラリシアがいつも身につけているペンダントについていた、真っ赤な宝玉が転がっていた。
『クリスへ・・・。この宝玉を貴方が手に取っている時。わたしはこの世界から居なくなっているでしょう。いや、この世界ばかりか、現実の世界でも・・・。黙っていましたが、わたしは現実世界では一歩も動けない半死人のような状態です。無理をおしてプレイしていた、仮想空間での衝撃は脳への負担になり、わたしを死においやるでしょうが、どちらにしても長くは持たない身体だったのです・・・。ここ数十ヶ月。わたしは貴方のおかげで、生きていることを実感することが出来ました。皮肉なものですね。仮想空間で「生きている」ことを実感するなんて・・・。わたしはハッカーとして、アドベンチャーキラーとして、非道の限りを尽くしました。また貴方の師匠として、枯れ谷に住む、風変わりな魔術師として楽しい時間を過ごしました。本当に楽しかった・・・・・・・・・だけどクリス。貴方と・・・貴女と・・・・別れるの・・・だ・・けは・・・・』
クリスの脳裏には、とぎれとぎれに続く言葉と、クラリシアの嗚咽だけが響いていた。
「・・・現実の世界でも、この世界でも。自分に正直に。楽しく、明るく生きて下さい・・・・わたしの大好きな、愛するクリスへ・・・・・・」
声は始まりと同じように、唐突にやんだ。
クリスの手には、物言わぬ一つの宝玉があるだけ。だがそれはクラリシア・クロスがこの世に居たという、唯一の証拠のように思われた。
「・・・・・そんなのって・・・・勝手よ・・・・・」
クリスはクラリシアの宝玉を掴むと、クラリシアの墓となった奈落への穴へ放り投げた。
真っ赤な宝玉は、かつん、かつんと音を発てながら、持ち主の後を追うように落ちていく。最後に、暗闇で赤く光と、今度こそ宝玉は見えなくなった。
宝玉は持ち主に会えるのだろうか・・・。
それを見届けると、クリスは勢いよく背を向けて、歩き出していった。
『自分に正直に。楽しく、明るく生きて下さい・・・・』といったクラリシアの言葉を胸に抱いて。
編者注1)クラリシアがロッドを使用しているということは、ペンダントの宝玉はルフィーの弓の宝玉と同じと考えられる。
編者注2)クラリシアのインタプリタとコンパイラはサークレットに付いている。サイズからして、違法言語プロセッサであろう……。
編者注3)クラリシアがオリジナルの魔法を使うときに、普通は絶対に付けることのない「コード番号」を唱えていると言うことは、複数の違法魔法を一つの圧縮ファイルにし、そこから特定の魔法を抜き出していると考えられる。
編者注4)サイアド世界の「年齢」は「外見年齢」であり、冒険者が歳を取ることは無い。女装したことによってクリスに色気がでて、外見年齢がアップしたのであろう。
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