「あぅ〜〜……ますた〜ぁ、’ピニヤ・コラーダ’ついかぁ……」
カウンターに突っ伏したまま、だるそうな顔でカクテルをオーダーする少女に、マスターと呼ばれたバーテンが苦笑する。
「なんやステフ。夏バテかぁ?だっらしないなぁ。アピアもそー思うやろ?……あ、マスター!俺はいつものなー」
「ガル、うるさいぃ……おれはデリケートだから暑いのは苦手なのぉ〜〜」
二人のやり取りを聞いて、アピアがくすくすと笑いながらトロピカルジュースに口をつける。そんな二人の前にカクテルとオレンジジュースが運ばれてきた。
「しゃーないなぁ。目の前でだれてられると鬱陶しいから、涼しくなる話でもしたろーか?」
「涼しくなる話ぃ?」
思いついたようなガルデュンの言葉に、胡散臭そうな顔でステフが顔を上げる。アピアはただそれを傍観していたが、その目は’早く話しなさい’と物語っている。
「そんじゃ、始めるでぇ」
ガルデュンが目配せすると、彼の意図を察したマスターが店のライトを少し暗くする。
「ある女の子がな、一人暮らし始めよ思て、まだ建って間もないワンルーム借りたんやて。友達に引越しを手伝ってもろうて、そのまま皆と部屋で引っ越し祝いの飲み会始めたんや。話も弾んで、程よく酔いが回り始め、深夜になって解散。一人残ったその子ぉは、そのまま寝るんもなんやからお風呂に入ることにしたんやね。その子は、周りから羨ましがられるほど髪が綺麗で、自分でも自慢だったそうや。んで、いつものように丁寧に髪を洗い始めた。少し酔いが残ったままだったのか、少しぼ〜としながら髪を洗っとると―――」
「あ……それ、知ってるような……」
アピアの呟きにガルデュンの肩がぴくりと動くが、彼はそのまま次を続ける。
「なんだか妙に髪の毛を洗う手が変なんや」
「あら、違ったわ。気にしないで続けてね」
また入ったアピアの言葉に満足そうにしながら、ガルデュンは続ける。
「何が変かってーと、自分の両手の間に、何か別のものが当たるんよ。だんだん変に思えてくると、今度は頭の感触が変なのに気づきだす。髪を洗う指の感触が1本2本3本…8本9本10本11本12本13本14本15本!」
「指、増えたのか?」
どこかとぼけたステフの呟きを無視しつつ、話は続く。
「はっ!となって顔を上げると鏡に見知らぬもう一本の手が髪をいたわるように洗っとったんや。ゆっくりとゆっくりと、大切に大切に……その手がだんだんロングの髪先に伸びていって、すっと手が髪をすくい上げると……]
ガルデュンが一呼吸おくように話を区切ると、周りから微かに唾を飲む音が聞こえてくる。
「’綺麗な髪ね’って二ワッと微笑む、髪の毛のほとんどが抜け落ちて、顔の半分以上の焼け爛れとる女が、「あたしも髪が自慢なの」って自分の髪をとかしだすんや。けどその女の髪の毛はぶちぶちぶち抜け落ちていく。せやけどゆっくり自分の髪をすくのをやめんのや。女の子はそこで気絶。後で調べてみると、そのワンルームが建つ前にあった家が火事起こしとって、女の人が大火傷をおったんやと。それでも鏡の前に座って自分の髪を櫛でとかして、でもやっぱり、焼け爛れた頭皮からは髪はどんどん抜けていくだけ。それでとうとう、女の人は焼けた家の庭の木で自殺してもぉたんやと」
「へぇ。良い感じに納涼じゃない」
さして怖がるふうでもないアピアの相槌に、ちょっと物足りなさそうな顔をするガルデュン。
「なんや、反応ないんか。つまんらんなぁ」
「でも、実害はないよな?それ」
上目遣いで確認するようなステフの言葉に、ガルデュンが意地の悪そうな笑みをもらした。
「それがな。今でも、髪の綺麗な女の人が鏡をみていると、す〜と手が伸びてきて’綺麗な髪ね’ってゆーんやって!ステフなんか危ないんやないか?きらきらと色の変わるきれぇーな髪しとるもんなぁ」
「ま、まさかぁ……」
馬鹿馬鹿しいと言いたげな仕草で、ステフがそっぽを向く。しかし、ガルデュンが覗き込むと、ステフの顔が心なしか青ざめてきたように見える。
「ステフ、怖いんやろー?無理すんなやー」
「ばっ、ちがっ…そんなんじゃ―――」
図星だったのか、からかわれたのが気に食わなかったのか、ステフがけらけら笑ってるガルデュンに向かって抗議しようとした時だった。アピアでもない、ガルデュンでもない手がステフの肩を軽く叩いたのだった。
「いっ?!きゃああぁ―――」
「うっわ?!どうした、ステフ!俺なんかしたかぁ?」
後ろから聞こえたのは、いつの間に来てたのか、突然の悲鳴に困惑したクトファーの声だった。
「……あぅ…兄貴……」
「なんだよ、どうしたんだ?お前」
「べ、別になんでもないよぉ……」
涙目のステフとおろおろするクトファーの横で、ガルデュンが腹を抱えて笑っている。
「お前さん、おいしぃとこ持ってくなぁ、クトファー」
ガルデュンにばしばしと肩を叩かれても、クトファーには何がなにやらさっぱりわからない。
「なぁ、アピア。何があったんだ?」
「さぁね♪」
「一体…何があったんだよぉ………」

こうして、笑い転げるガルデュン、カウンターの隅でカクテルを飲みながら拗ねてるステフ、それを面白そうに眺めるアピア、そして―――状況が全くつかめず、首をかしげ続けるクトファーをよそに、暑い夏の夜は更けてゆくのだった。

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